「農民」記事データベース20010212-480-09

韓日農民の交流 (1)


“シアトル仲間”と再会

 昨年十二月十八〜二十二日、韓国農業技術者協会の招きで、小林節夫代表常任委員(当時)、真嶋良孝事務局次長、飛田元雄常任委員、二瓶康一・新聞「農民」編集次長、千葉・多古町旬の味産直センターの高橋清代表が韓国を訪問しました。同協会の第四十一回大会に出席し、韓国の農民のみなさんと交流するため。

 旅程の三日目に日本政府がネギ、生シイタケ、畳表についてセーフガード発動に向けた調査開始を決定しましたが、それまで頑強に拒んできた日本政府を発動に追い詰めるために、すでにニンニク、乳製品でセーフガードを発動している韓国の実情を知るというのも目的の一つでした。

 空港から東南へ約五十キロ、利川(りせん)市の戸法(こほう)農協に直行し、まずは韓国料理をごちそうに。陶磁の里として知られる利川は、名水の里でもあります。戸法農協の金大植組合長は「韓国で一番おいしい米が獲れる土地。日本でいえば新潟の魚沼です」と語っていました。減反田がまったくなく、日本の農村の原風景を思わせます。

 また人口十五万人の利川は韓国で一番古い温泉地だそうですが、リゾート開発とはまったく無縁で、中心街の古い街並には屋台がいくつも立ち、人々の生活の熱気を直に感じるという印象でした。

 二十日にソウル市に戻り、招待してくれた韓国農業技術者協会の大会を参観するとともに、昨年二月のWTO国際シンポにパネリストとして参加した韓国全農(全国農民会総連盟)、韓国農協中央会などを訪問・懇談しました。

 “技術賞”の表彰は夫婦そろって

 招待してくれた韓国農業技術者協会は、私たちを本当に親切に迎えてくれました。参観した大会は、言葉は分かりませんが、拳を突き挙げて何かを唱和する参加者の熱気が伝わってきました。また次々と登壇しフラッシュを浴びて表彰される農家らしい夫婦の姿が印象に残りました。

 大会後、今大会で会長職を辞した鄭長燮氏からうかがうと、表彰は「技術賞」のほかに、すぐれた詩・小説を書いた農民に贈られる「土の文芸賞」など。夫婦そろってというのが印象的だったので、そのことをたずねると、「農業は一人ではできず、家族でやるものですから」という答が返ってきました。鄭氏は、技術者協会設立から関わり、韓国農協中央会の設立委員にも名を連ね、今でも国の農政に影響力を持つたいへんな実力者です。

 豊作にも関わらず残ったものは

 一九六〇年に設立された技術者協会は、農業技術の習得・普及に特に力を入れています。技術講習会(農民大学)を年数回、国中から農家を集めて開いたり、日本を中心に数多くの研修生、視察団を送り出しています。「確かな技術を身につけて故郷に帰った参加者は農村のエリートになっていった」と、北海道大学で農業経済学を学び、日本語が堪能な崔東柱事務局長が説明してくれました。

 大会の宣言文には「豊作にも関わらず、汗を流し熱心に働いてきたわれわれ農民の手に残ったのは負債による貧困だけである。…われわれ農民は、『汗の一滴が宝石より価値がある』という正直・勤勉・誠実の価値観を確立するために、国政の果敢なる改革と農政の革新を強く要求する」と述べられています。

 技術力だけではカバーできない

 崔事務局長は「農政活動とこれまで積み上げてきた教育活動が二本柱になる」と言いました。この言葉の裏には、日本と同じように韓国農業の、技術力だけではカバーできないWTO下の厳しい現実があります。大会で選出された姜春成新会長は、一昨年のWTOシアトル会議の際に、真嶋事務局次長と一緒にデモ行進した人。二人は「おおっ!シアトル仲間!」とがっちり握手しました。
(つづく)

(二瓶康一)

(新聞「農民」2001.2.12付)
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2001年2月

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