「農民」記事データベース20020603-541-08

他国には「農業予算削れ」、自国農業だけ「手厚く保護」

身勝手きわまるアメリカの新農業法(1)


農業予算倍増 価格保障復活

 五月十三日、アメリカの二〇〇二年農業法(農場防御・農村投資法)が成立しました。アメリカ農業法は五〜六年ごとに改定し、今回は二〇〇七年までが期限。

 最大の特徴は、九六年農業法で廃止した価格保障(不足払制度)をまるごと復活させ、カーギルなど多国籍企業の買いたたきによる暴落にあえいでいるアメリカの農業経営を救済すること。

 ブッシュ大統領や議会関係者が「惜しみない内容」と言うとおり、農業関係の財政支出は九六〜二〇〇一年の六百三十億ドル(八兆一千六百億円)に五百十七億ドル追加し、千百四十七億ドル(十四兆八千六百億円)へと倍増します(アメリカ議会予算局の試算)。

 96年農業法で不足払い制度を廃止したが

 九五年まで、アメリカの価格保障は「不足払制度」と「短期融資制度」の二本立てでした(図1〈図はありません〉)。

 (1)市場価格が生産費を基準に決められる「目標価格」を下回った場合は、差額を全額国費で「不足払い」し、

 (2)市場価格がさらに暴落して「融資単価」(五年間の平均価格の八五%水準)を下回った場合には、農家が政府機関である商品金融公社に穀物を“質入れ”して融資単価水準の金を借り、相場が回復しない場合には“質流れ”にする、

 (3)こうして一定の価格下落には「不足払制度」が働き、暴落の場合には「短期融資制度」が価格下支えと政府による買い入れの役割を果たしてきました。

 WTOスタート後の九六年農業法で、アメリカ政府は「短期融資制度」は残したものの、「不足払制度」を廃止し、その見返りとして「固定直接支払い」を導入しました。これは、目標価格と融資単価の二分の一相当の直接所得補償で、価格の動向いかんにかかわらず、作付面積に応じて一律に支給されます(ただし七年間の期限付き)。また野菜などを除いて、生産調整も廃止しました。

 九六〜九七年は穀物相場が好況で、不足払制度廃止の矛盾は表面化しませんでしたが、九九年から穀物相場は暴落局面に入ります。ここで短期融資制度が機能を発揮し、財政支出は二〜四倍にふくれあがります(表1)。

 
表1 アメリカの価格補償予算の推移
 
1992年
1996年
1998年
1999年
2000年
不足払制度
8,607
0
−7
−3
1
短期融資制度
2,452
−951
1,606
4,815
9,788
固定直接支払い
0
5,141
5,672
5,476
5,057
緊急直接支払い
0
0
0
3,011
11,046
計(その他を含む)
11,208
4,856
9,559
15,316
28,977
アメリカ農務省“Agricultural Outlook”2001年6月号から

 日本の稲作経営安定対策も三年間の平均価格の八〇%まで補てんするという意味では、アメリカの短期融資制度と似ているようにみえます。しかしアメリカの場合は農家負担はゼロで、生産費水準に近づけるために固定直接支払いが実施され、さらに減反が廃止されているという大きな違いがあります。

 暴落に約四兆円の補てん予算を計上

 さらに大きな違いは、暴落に対する全額国費による補てんです。短期融資制度は生産費を考慮に入れていない制度ですから、これだけではとうてい生産費を償うことはできません。

 そこで九六年農業法がまったく予定していなかった農家救済策(緊急直接支払い)が九九年から登場し、廃止された不足払制度の代わりの役割を果たしてきました。九九年から二〇〇一年までの間、単年度の予算措置として注ぎ込まれてきた暴落補てんは三百五十五億ドル、三兆七千億円強にのぼります(表2)。

 
表2 アメリカの農家救済策
1999年度包括歳出法による農家救済策
 1998年10月21日成立
約60億ドル
2000年度農業歳出法による農家救済策
 1999年10月22日成立
約87億ドル
農業リスク保護法による農家救済策
 2000年6月20日成立
約153億ドル
2001年度農家救済支援法による農家救済策 約55億ドル
   合計 約355億ドル
(『食料・農業・農村白書』から)

 その結果、日本の価格保障予算が一九八〇年比で半分以下に激減したのに対し、アメリカの価格・所得補償予算は十一倍近くになっているのです(図2〈図はありません〉)。また“世界のパン篭”と呼ばれてきたアメリカの農民の所得のうち、実に四割から五割は、こうした政府補助金によって満たされているのです(図3〈図はありません〉)。

 暴落に素知らぬ顔をして予算を削り、WTOが定めた国内助成合計量(AMS、六年間で五兆円から四兆円に削減することを約束)を、七千六百六十五億円にまで削ったことを自慢している日本政府。なんという大きな違いでしょうか。

 不足払制度復活し融資単価引き上げ

 さらに、今後の方向についても百八十度の違いがあります。

 アメリカ新農業法は、(1)短期融資制度はしっかり残したうえに、小麦やトウモロコシの融資単価(日本の稲作経営安定対策の基準価格に相当)を一〇%近く引き上げ、(2)二〇〇一年で打ち切りだったはずの固定直接支払いを存続させ(これも小麦では一〇%引き上げ)、(3)そのうえで不足払制度を「価格変動対応型支払い」という名前に変えて、そっくり復活させています(図4〈図はありません〉)。図1と図4を比べてみれば、内容にほとんど違いがないことがわかります。

 つまり、価格下支え制度は一定の改善を加えながら維持し、直接支払いも存続させ、それでも生産費を償えない場合は、「価格変動対応型支払い」で補償するというわけです。

 「ここ数年の、その場限りの緊急支払いより、長期的な制度の方がずっと望ましい」――アメリカの農業団体はこう評価していますが、当然のことでしょう。さらに、このほかに環境保全に対する助成(九十億ドル=約一兆円を追加して八〇%増)、収入保険に対する助成なども実施されます。

(新聞「農民」2002.6.3付)
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2002年6月

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