「農民」記事データベース20030609-589-15

家族への愛情を優しく力強く


 『怒りの葡萄』の母親役

       久保田民絵さんに聞く

くぼたたみえ 劇団欅を経て1976年から劇団昴に在籍。主な舞台「熱いトタン屋根の猫」「アルジャーノンに花束を」「三人姉妹」「肉体の清算」「火計り」など。テレビ、吹替でも活躍。


 「もしも、俳優のほかにもう一つ別の生き方が選べるとしたら、こういう人になりたかった――。『怒りの葡萄』のお母さんです」という久保田民絵さん。劇団昴が六月に上演する『怒りの葡萄』で、ジョード一家の母親を演じます。初演から二年半、再演の舞台にかける心意気を聞きました。


『怒りの葡萄』(劇団昴)

 人間的真実求める家族に感動

 原作はジョン・スタインベックの小説です。人間的な真実を求める家族の姿に感動しました。特にエネルギーに満ちた母性の持ち主、ジョード家のお母さんに惹きつけられ、この役がやれたらいいなと思いました。しかし、この長編小説を一定時間内に収める舞台にするのは大変なこと、どんな脚本なのか不安もありました。

 でも、ブロードウエーで上演され、トニー賞を受賞した、フランク・ギャラーティの脚本はパワフルで、そしてスピーディーな展開で素晴らしく、不安はすっとんでしまいました。

 この母親の役について演出のジョン・ディロンさんから「慈愛を持って決然と行動する人間を演じて欲しい。シンプルにそして力強く」と要求されました。理屈ではなく自分の家族に対する愛情が優しく力強い。本能的な愛情の深さを感じます。

 再演にあたり、もっとキメ細やかなニュアンスを汲みとって表現できたらいいなと思っていますが、一九三〇年代のアメリカ、オクラホマからカルフォルニアまで、半壊のトラックで大家族の一家が旅をする。広い大地と空とコロラド川と…やはり、「慈愛を持って、シンプルに力強く」というところに行き着くのでしょうか、これからの稽古でどう展開していくのか楽しみです。

 気取りなくなりハートを大切に

 役づくりで特に難しいと思うことは、農業を経験したことがない――土の上で裸足で働く感覚、そして不況と言われながらも、食べるものがないという本当の飢餓感をしらないことでしょうか…。

 それと、お化粧をしない素顔に見えるメイキャップ、これがけっこう難しいと思います。

 舞台稽古で二種類を演出家に見ていただきました。「今日のメイキャップがいいです」と言われたのは、実はメイキャップなし、正真正銘の素顔でした。ちょっと勇気がいりましたが、慣れてしまうと時間はかからないし、芝居中顔をさわっても化粧くずれの心配はないし、その上、気取りがなくなり、「大切なのはハートだ。さあ来い!」という、開き直るような度胸もうまれます。衣装もシワを気にせず腰かけても大丈夫。心配だったのは、トラックの移動と川。なかなかスリルがあったんですヨ。

 トラックも水もお客さまに新鮮

 木のトラックを舞台の上で組み立てて動かすんですが、一番多いときには十三人全員が乗るシーンもあり、一人五十キロとしても相当な重さです。その重いものを動かしてストッパーで止めるのですが、それが止まらなかったりすると大変です。客席まで飛び出したらどうしようか、と思ったりしました。トラックが正面に向いてから私がいうせりふがあるんですが、舞台稽古までなかなかうまくゆきませんでした。でも本番初日は奇跡のようにぴったり決まりました。

 もうひとつ、川の方は七トンの水を使いました。水槽をつくって水をはっているんですが、そこに人が入るシーンがあります。三人が入ると水が溢れてしまい、ちょうど水槽の真下にある楽屋は、雨漏りがして大変でした。初日は無事にいくようにと神様に祈るような気持ちでした。トラックも水も、一番大変だったことがお客様には新鮮で楽しんでいただけたように思いました。

 家族の旅路に共感するものが

 『怒りの葡萄』のもつイメージは暗いようですが、お芝居では展開がスピーディーで、音楽隊の活躍も見所の一つです。現在の私たちにも決して遠い話ではなく、自分たちが人類という大きな家族の一員であることを発見していく、この家族の旅路にきっと共感するものがあると思います。

 俳優になって、自分の好きなことを、とにかくつづけてこられたことはしあわせかなと思っています。私は今、俳優という人生を生きているわけですが、役の上では他の人の人生を生きます。

 『怒りの葡萄』のように大家族のお母さんになったり、『火計り』というお芝居では未婚の母になったり、そういう実人生と違った体験ができることが楽しいですね。そして、人の人生や人のことばを借りて舞台に生きているのに、その時の方が普段の自分より自分らしいと感じるときがあります。不思議ですね。

(聞き手・鈴木太郎)


怒りの葡萄 ジョン・スタインベック原作、フランク・ギャラーティ脚色、沼澤洽治訳、ジョン・ディロン演出。出演は宮本充、稲垣昭三、内田稔、西本裕行、小沢寿美恵、田村真紀ほか。6月21日〜29日、東京・池袋・サンシャイン劇場、8月〜9月、神奈川・首都圏巡演。連絡先・劇団昴 電話03(3944)5451


『怒りの葡萄』のあらすじ  1930年代の初頭、アメリカ・オクラホマ。大平原を猛烈な砂嵐が吹き荒れ、耕地は一夜にして荒野となってしまいます。開墾した土地を追われた農民たちは希望の地カルフォルニアを目指します。そのなかにジョード一家がいます。2000マイルにおよぶ困難な道程を経てたどりついた所は天国ではなかったのです。一人の地主のために十万の農民が飢えるとき、カルフォルニアの沃野に“怒りの葡萄”が実を結んでゆきます…。

(新聞「農民」2003.6.9付)
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2003年6月

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