新聞「農民」
「農民」記事データベース20160411-1209-02

TPP交渉

国会決議は守られたか

農水省交渉官でTPP交渉に参加
明治大学准教授 作山 巧さんに聞く

 TPP協定で国会決議は守られたのか。2013年まで農水省交渉官として、TPP交渉への参加協議等に従事していた明治大学の作山巧准教授に語ってもらいました。


 作山巧(さくやま・たくみ) 1965年生まれ。88年に農林水産省に入省し、外務省OECD(経済協力開発機構)代表部一等書記官、FAO(国連食糧農業機関)エコノミスト、国際部国際交渉官等を経て、2013年から現職。


 2013年4月に国会の農林水産委員会は、「米、麦、牛肉・豚肉、乳製品、甘味資源作物などの農林水産物の重要品目について、引き続き再生産可能となるよう除外又は再協議の対象とすること」と決議しました。

 この決議自体もかなりあいまいですが、TPP合意に「再協議」規定はないので、焦点は「除外」の有無ということになります。しかし、「除外」という言葉もわかりにくい。そこで、その意味を明確化し、TPP交渉で、「除外」がどの程度あったのかを独自に試算してみました。

国会決議は守られていない

 過去の協定での除外の定義は?

 TPP交渉には、約束の類型にいくつかのパターンがあります。このなかで、「除外」は「関税撤廃の例外」の一つという整理をしました。

 政府は、「除外の定義は定まっていない」と説明しますが、過去の交渉、日本のEPA(経済連携協定)では、「除外」は「一切の約束からの除外」と定義され、「何もしないこと」、つまり、「一切の市場開放をしない」という意味以外には使われてきませんでした。

 従って、「除外」とは、「関税削減や関税割当等を含め、一切の市場開放を約束しないこと」と解釈するべきです。

市場開放を一切しないのが「除外」
「関税維持した」は数字のトリック

 除外禁止文書が参加前から存在

 政府がこの定義を認めないのはなぜか。日本政府が、国会決議よりもTPP参加国から言われた条件を優先させて、「除外は認めない」という約束を受け入れてTPPに参加したためです。

 私も参加してきた事前協議でも、ニュージーランドの代表からは、「除外は絶対にだめだ」と言われてきました。

 TPP交渉参加国の間では、日本が参加する以前から(1)関税撤廃率を品目数ベースで95%以上とする、(2)それ以外の品目でも一切の自由化をしない「除外」は認めない――という除外を禁止した「合意文書」が存在していると考えています。私はその文書自体をみたことはありませんが、事前に「合意文書がある」とわかると、日本政府が参加を躊躇(ちゅうちょ)する原因になるため、その存在を明らかにしてこなかったのではないでしょうか。

 農林水産品の内容調べると

 次に、実際にTPP合意のなかでの日本の農林水産品の約束内容について調べてみました。重要5品目でみると、586のタリフライン(関税対象の細目数)のうち除外の数が151で、除外率は26%になりました。一切の市場開放をしない除外のラインは4分の1程度で、4分の3は、関税削減や割当など何らかの約束をしていることになります。

 こうして国会決議は守られていないと結論づけることができます。

 同時に、この151ラインを詳しく見た時、実は本当の意味での除外は全くないのではないかと考えています。「除外」にはもう一つ、タリフラインのくくりではなく、精米のような品目のくくりで、「全く手を付けない」という定義があります。

 151ラインのうち、米にかかわるものが17ありますが、全て関税割当の枠外のものでした。関税割当というのは、ある数量を決めてそれ以内については安い関税をかけるか、無税とする。枠を越えたら高い関税をかける。必ず2つの税率があるわけです。

 精米についてみた時、枠外の関税は維持しましたが、枠内ではアメリカやオーストラリアに国別枠を新設しました。したがって、関税を維持したというのはある意味数字のトリックで、精米というくくりで見た時、何も手を付けないという除外の定義には当てはまりません。

 TPP協定への署名後に公表された日本の譲許表を見ると、関税撤廃、関税削減や関税割当といった約束の類型を表す記号はありますが、除外を表す記号はありません。

 このため、米以外の134ラインについても、その全てが、関税割当の枠内または枠外のラインと考えられます。つまり、品目のくくりでは、本当の意味での除外は全くないというのが真相なのです。

 決議守られたか国会は検証せよ

 少なくとも与党の国会議員は、この事実を知っているはずです。しかし、TPP交渉への参加時に、自らが主導した国会決議との整合性を問う声が出ないのは不可解です。

 国会は自らの責任で政府に情報開示を求め、決議が守られたかどうか検証すべきです。

(新聞「農民」2016.4.11付)
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