新聞「農民」
「農民」記事データベース20170306-1253-01

種子法廃止法案の
問題点をさぐる

京都大学大学院経済研究科
久野 秀二教授に聞く

「主要農作物種子法」(種子法)を廃止する法案が今国会に提出されました。法案の問題点は何か。京都大学大学院経済研究科の久野秀二教授に聞きました。


種子法廃止で主要食材の
安定的供給が崩れる恐れ

 国・都道府県が主導的役割担う

画像  2016年10月6日に規制改革推進会議農業ワーキンググループが唐突に「主要農産物種子法」の廃止を打ち出しました。種子法は、米、麦、大豆など主要農作物の品種改良を国・都道府県の公的研究機関が行い、良質で安価な種子を農民に安定的に供給してきた法制度です。

 野菜や花きについては、歴史的に多くの篤農家に担われてきたし、一世代しか品種特性が維持されないハイブリッド技術が急速に普及するなど、ビジネスとして成り立つことから民間事業者の扱いが主流です。

 一方、主要農作物はハイブリッド化しにくく、種子の増殖率も低く、さらに基本食料という特性から、公的機関が種子法によって、原種、原原種のほ場・生産管理、新品種の育成、種子の生産・流通・管理、さらには優良(奨励)品種の指定を担ってきました。

 1986年の法改正で、民間事業者の参入が認められましたが、国・都道府県の主導的な役割は堅持されました。その後、民間事業者による米育種への参入や撤退が繰り返され、近年は産地品種銘柄に指定された民間育成品種も生まれていますが、それほど目立った動きはありませんでした。

 種子法廃止の理由は何もない

 政府は、種子法の廃止理由として「種子法は、昭和27年に、戦後の食糧増産という国家的要請を背景に、国・都道府県が主導して、優良な種子の生産・普及を進める必要があるとの観点から制定」されたものと、いかにも古いものであるかのように強調しています。

 さらに、「都道府県はその種子の増産や審査に公費を投入しやすくなるため、公費を投入して自ら開発した品種を優先的に奨励品種に指定」していると述べています。一方で「稲では、民間企業が開発した品種で、奨励品種に指定されている品種は無い」とし、その上で、「都道府県が開発した品種は、民間企業が開発した品種よりも安く提供することが可能」だから「競争条件が同等とはなっていない」ことを廃止の論拠にしています。

 しかしこの主張は、農業の現場から出たものではありません。政府は、他の生産資材については高価格体質を理由に「規制改革」を迫っているのですが、種子については低価格が問題だといいます。仮に、優良な民間育成品種の普及が妨げられているとすれば、例えば奨励品種の指定方法など運用改定で対応すればいいのであって、それ自体は問題なく機能している種子法を廃止する理由にはなりません。

画像
在来品種の保存・開発を行う神奈川県農業技術センター(平塚市)

 廃止の動きはすでに以前から

 実は、こうした議論は今に始まったわけではありません。大手民間企業の立場から、イネの種子販売の状況と問題点を克明に扱った記事が、「日経バイオテク編『日経バイオ官公庁アクセス 第3巻』日経BP社1993」に掲載されています。

 記事によると、「86年に種子法を改正、それまで国と地方自治体によるイネ品種開発と原種生産の独占を破り、民間企業のイネ品種開発と民間育種イネ種子の流通への道を開いた効果が表れてきた」と指摘。さらに「91年6月7日には主要農作物種子制度の運用を改訂、奨励品種決定調査試験中の品種に限り、試験販売用の種子を流通して良い特例を設け、民間育種イネ品種の開発に農水省は更に拍車をかけようとしている」とし、民間企業の種子販売についての強い期待が述べられています。

 しかし、93年にキリンビールがインディカ米の種子販売を断念した経過を克明に追い、新しい品種を作り出し、それを奨励品種として決定、さらに生産、販売に至る許認可の問題点を指摘し、「時間がかかる」「種子販売だけでは利益が出ない」と訴えています。

 この主張は、政府が今回、種子法廃止の理由に挙げた論理とそっくりだと思います。

種子事業に多国籍企業参入の懸念

 公的種子事業が民営化されれば

 農作物の素材になっている遺伝資源は人類共有の公的な財産です。民間育種が主流の作物では、中小を含む多くの種子会社が遺伝資源管理の一端を担ってきましたが、そうした種子会社がモンサントなどの多国籍企業によって世界中で次々と囲い込まれてきました。

 さらに公的種子事業が民営化されるようなことがあれば、その影響は計り知れません。公的財産であるはずの遺伝資源をもとに改良された新品種が、知的所有権、育種者権の強化によって一部企業の特許の対象になると、他人が自由にそれを使えなくなってしまいます。

 遺伝資源をめぐっては、1991年3月に育種者権を前面に押し出した「植物の新品種保護に関する国際条約」(UPOV=ユポフ=)が「改正」されました。この91年の条約に沿って育種者権の強化と自家採種・種子交換の違法化を進める種子法改正の動きが近年、中南米やアフリカで強まっていることに対して、国際農民組織ビア・カンペシーナが「モンサント法」だと批判したのは当然だと思います。

 日本も1998年にこの条約に沿って、種苗法を全面改正し、以後、数次にわたる改正を通じて育種者権を強化してきました。企業による遺伝資源独占への要求は、ますます強まっていると考えられます。

 不安定になる優良種子の供給

 米、麦については、種子産業が大きく発展してきたアメリカでも、州農業試験場や土地交付大学による公的な育種が重要な役割を果たしてきました。2010年の時点で、小麦の8割は自家採種で、残り2割のうち公共品種が6割を占めています。しかし、09年にモンサント社が小麦種子業者を買収するなど巨大企業の標的は小麦に向かっています。

 大豆は、1980年の時点で公共品種が7割を占めていましたが、98年までに1割に減少し、現在は、モンサントやデュポンなどのバイオ企業4社で8割近くに達し、そのほとんどは遺伝子組み換えです。

 このアメリカでの前例を踏まえれば、日本でも公的育種、種子事業が短期間のうちに国内大手や巨大多国籍企業の種子ビジネスに置き換わってしまう可能性があります。

 長い目でみたとき、種子法の廃止は、主要食料を安定的に供給するためにこれまで築き上げてきた制度、体制を弱め、米・麦などの優良種子の供給が不安定になり、必要なときに手に入らなくなってしまうおそれがあるのです。

(新聞「農民」2017.3.6付)
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