新聞「農民」
「農民」記事データベース20190304-1350-11

松川村に農民組合をつくったのは1957年

農民連結成
30周年に思う

中信農民センター 宮田耕治
(長野・松川村)

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災害支援、TPP、税金、産直…
農民連運動は私の生きがい

 迫る農業危機 米価運動に奮闘

 私は85歳になるが、今も2・6ヘクタールほどの水田を耕作している専業農家だ。(今年から一部水田を農業法人に作業委託)

 私たちが長野県松川村で農民組合を結成したのは1957年だった。安曇野の米どころ、松川村にも農業基本法などをめぐって農業危機が迫っていた。農協組織にも働きかけて米価運動にも取り組んだ。

 私達の運動は、大北地域の冷害闘争で大きな成果もあげた。農民運動は大北だけでなく佐久地方での乳価闘争、南信の伊那地方など全県に広がっていった。そうしたなか、全国的な農民運動の統一組織をつくろうとの機運が広がっていった。

 1990年ころのことだ。東京の日本青年館だったと思うが、農民運動の全国センターを考える懇談会(農民懇)の集まりがあるというので行った。集会が終わり、その夜宿舎で車座になって茶わん酒を酌(く)み交わしながら、農民連元代表常任委員の小林節夫さんを中心に、戸沢辰男さんと3人で、長野県中信地区にも農民組織をつくろうと語り合った。

 それからが大変だった。1年ほど準備して専従と事務所を確保して中信農民センターを設立した。こうして安曇野にも大きな農民組織ができた。

 農水省に何度も足を運んで交渉

 阪神淡路大震災(1995年)のときには、毛布やりんご、お米やジュースなどをトラックにいっぱい載せて届け、新潟中越地震(2004年)のときも救援物資を届けた。TPP(環太平洋連携協定)反対運動では農水省に幾度となく足を運び、交渉やデモに参加した。重税から営農を守る活動から準産直米の活動など多彩な活動を今も続けている。

 こうして60数年間、米や野菜、畜産などで農業を続けながら農民運動に携わってきたが、今では主な活動を後継者に譲った。それでも準産直米活動、新聞「農民」の配布と集金、重税から営農を守る活動など農民運動に携わっている。

 一番の思い出は、わが松川村で2007年に、8台の大型トラックと14台の軽トラックで村内を一巡したトラクターデモと、笹渡義夫事務局長(当時、現会長)を招いて大講演会を成功させたことだ。

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2007年に松川村で行われた「農業危機突破大会」=11月23日

 87歳の女性が財政担当として

 2月3日、小料理屋で松川支部の新年会を行った。集まった面々はそれぞれの生きがいと特徴をもっている。支部長のM君とY君は無農薬米の栽培に取り組んでいる。K君は農業委員をやりながら獣害駆除活動に取り組んでいる。

 H君は準産直米部会の責任者、Tさん(女性)は87歳の高齢にも関わらず2・5ヘクタールの水田を管理し、支部の財政担当としてがんばっている。O君、M君、H君も税金や野菜の部門でしっかり役割を果たしている。体験談と報告にいつしか時間が過ぎていく。農民運動が私の生きがいでもあるし、楽しみでもある。

 男性長寿日本一になった松川村からの発信である。


「農民連結成30周年に思う」原稿を募集します
 農民連結成(1989年)から30年。新聞「農民」編集部は、全国の農民連会員の皆さん、新聞「農民」読者のみなさんから、「農民連結成30年に思う」の原稿を募集します。これまでの30年を振り返って、または、今後に期待することなど、ご自由にお書きください。600字〜1000字程度でファクスまたはEメールで、「結成30周年原稿」と明記してお送りください。できるだけ写真をつけてください。写真は郵送でも可。

 送り先 新聞「農民」編集部
 Fax 03(5966)2226
 Eメール shinbun@nouminren.ne.jp

(新聞「農民」2019.3.4付)
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