新聞「農民」
「農民」記事データベース20210517-1456-02

アメリカのコロナ禍対策に学ぶ

寄稿
東京大学大学院教授 鈴木宣弘さん


消費者支援は農家支援

 じつは食料は足りていない

 発想の転換が必要である。コロナ禍で米、肉、乳製品、野菜などが余っているというが、実は足りていない側面がある。コロナ禍による収入減で「1日1食」に切り詰めるような、食料を食べたくても十分に食べられない人たちが増えているということだ。

 そもそも、日本は、年間所得127万円未満の世帯の割合(相対的貧困率)が15・4%で、米国に次いで先進国最悪水準である。年間所得300万円未満の世帯は約5割に及ぶ。潜在需要はあるのに顕在化できない。それによって在庫増加と価格下落で農家も苦しんでいる。

 このことから、困窮者に緊急に食料を届けるのが人道支援政策として不可欠であると同時に、それは農家支援にもつながることがわかる。しかし、日本政府はほとんど動いていない。

 米国のコロナ禍の消費者支援と生産者補償の充実ぶり

 これに対して、米国のコロナ禍の対応は機動的かつ大規模だ。トランプ大統領(当時)は2020年4月17日、コロナ禍で打撃を受ける国内農家を支援するため、「コロナウイルス支援・救済・経済安全保障法(CARES法)」などに基づき、190億ドル(約2・1兆円)規模の緊急支援策を発表した。

 このうち160億ドル(約1・8兆円)を農家への直接給付に、30億ドル(約3300億円)を食肉・乳製品・野菜などの買い上げに充てた。補助額は原則1農家当たり最大25万ドル(約2800万円)とした。

 農務省は毎月、生鮮食品、乳製品、肉製品をそれぞれ約1億ドルずつ購入し、これらの調達、包装、配給では食品流通大手シスコなどと提携し、買い上げた大量の農畜産物をフードバンクや教会、支援団体に提供した。

 生産者に対しては、例えば酪農では、生乳生産の損失補てんは、20年1月から3月までの第1四半期に生産された生乳(廃棄された生乳を含む)の証明をもとに支払われた。具体的には、20年の第1四半期に生産された生乳100ポンド(45キログラム)当たり、同四半期の価格低下の80%に相当する4・71ドル(1キロ11・2円)を乗じた額と、第2四半期の生産量増加を考慮して第1四半期の生乳生産量に1・014を乗じた量100ポンド当たり、第1四半期の価格低下の25%に相当する1・47ドル(1キロ3・5円)を乗じた額が支払われた。

 さらに、20年9月18日に、農務省は、農作物、畜産、酪農、養殖などの生産者を対象に、新型コロナウイルスに起因する損失を直接補償する総額140億ドルの追加支援プログラムを発表した。

 米国農業予算の60%以上は消費者支援

 そもそも、米国は、米を1俵4000円で売っても1万2千円との差額の100%が政府から補てんされ(価格は日本円での例示)、農家への補てん額が穀物の輸出向け分だけで1兆円規模になる年もあるほど、農家への所得補てんの仕組みも驚くほど充実しているが、それにもまして驚異的なのは米国の消費者支援策である。

 米国の農業予算は年間1000億ドル近いが、驚くことに予算の8割近くは「栄養(Nutrition)」、その8割は低所得者層への補助的栄養支援プログラム(Supplemental Nutrition Assistance Program=SNAP)に使われている。農業予算の64%を占める。2015年には、米国国民の約7人に1人、4577万人がSNAPを受給している(鈴木栄次氏による)。

 SNAPの前身は1933年農業調整法に萌芽をみたフード・スタンプ・プログラムで、64年にフード・スタンプ法で恒久的な位置づけを得、2008年にSNAPと改称された。

 受給要件は、4人世帯の場合は、粗月収で約2500ドル(純月収約2000ドル)を下回る場合は、最大月650ドル程度がカードで支給される。4人家族で純月収が1000ドルだと、650―1000×0・3=350ドルの支給と計算される。カードは、EBTカードと呼ばれ、小売店でカードで食料品を購入すると買い物代金が自動的に受給者のSNAP口座から引き落とされ、小売店の口座に入金される仕組みになっている。

 消費者の食料購入支援策=農業支援策

 なぜ、消費者の食料購入支援の政策が、農業政策の中に分類され、しかも64%も占める位置づけになっているのか。この政策の重要なポイントはそこにある。つまり、これは農業支援政策としても重要なのだ。消費者の食料品の購買力を高めることによって農産物需要が拡大され、農家の販売価格も維持できる。

 SNAP政策の限界投資効率は1・8と試算されている。すなわち、SNAPを10億ドル増やせば社会全体の純利益が18億ドル増える。そのうち3億ドルが農業生産サイドへの効果と推定されている。

 さらには、米国は世界に対する大規模な食料支援も行っている。海外では食料を十分に食べられない人たちが10億人近くもいて、さらに増えている。

 日本も、上記のような米国の視点を農業政策に早急に取り入れるべきであろう。コロナ禍で増える国内の生活困窮者への人道支援も待ったなしだし、世界に対しても目を向けるべきである。

 日本は米を減産している場合ではない。しっかり生産できるよう政府が支援し、日本国民と世界市民に日本の米や食料を届け、人々の命を守るのが日本と世界の安全保障に貢献する道であろう。消費者を守れば生産者が守られる。生産者を守れば消費者が守られる。世界を守れば日本が守られる。

 ただ、「米国のSNAPでウォルマートから購入されるのはコカコーラに代表される清涼飲料水やインスタント食品、ジャンクフードもどきであり、高価な生鮮食品は少ない。SNAPが助けているのは、困窮したワーキングプアや零細農家ではなく、食品業界と偏った食事が生む病気が需要を押し上げる製薬業界、SNAPカード事業を請け負う金融業界である」との指摘もある(堤未果さんの『(株)貧困大陸アメリカ』、岩波新書2013年)。米国の問題点は反面教師としたい。

(新聞「農民」2021.5.17付)
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