新聞「農民」
「農民」記事データベース20231120-1578-01

3年後には 信州自慢の手打ちそばが
食べられなくなる!?

水田活用交付金の改悪は中止に

長野 大町市
「手打ちそば美み郷さと」経営
種山 博茂さん・千恵子さん


耕作放棄地になってしまう

そば振興会は解散の危機に
高齢化で水路・畦の改修難しい

画像  長野県大町市美麻新行(みあさしんぎょう)は県中でも有数のそば所。「手打ちそば美郷」は、おいしい地粉の手打ちそばが食べられると評判の店です。

 北アルプスの山々を望む店内では、遠方や市内外から訪れる多くのお客でにぎわい、地元の女性たちが中心になって働いています。

 種山博茂さん・千恵子さん夫妻は過疎の農山村を少しでも良くなるようにと努力しながら、この地で商店を営んできました。旧農業基本法により山村は荒廃農地が多くなり、先祖が大切にしてきた農地を守るため「そばの里づくり」を始めます。新行そば復活を目指し、1971年に民宿仲間と「新行そば祭り」を開催し、多くのそば好きが来るようになります。そして、いつでもそばを食べたいという声に応え、87年に商店の一角で「手打ちそば美郷」を開店し、今年で36年になります。

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↑ 「田んぼが田んぼでなくなってしまえば取り返しがつかない」と話す種山博茂さん
↑ 製粉所の説明をする種山千恵子さん

 地産地消を実践
 それなのに…

 この間、長野県の補助金を受けて、石臼挽(びき)精粉所の建設やコンバインの購入、そば乾燥所などを共同で設置し、おいしいそばの生産管理体制を作ってきました。

 「地産地消という言葉がまだない頃から、美郷では、そばの産地直売所として実践してきたよ」と妻の千恵子さんは話します。自分たちでそばの種をまき、育て収穫し、石臼で製粉し、手打ちのそばを出しています。

 漬物などの野菜は周囲の畑で作られたもの、きのこや山菜も周囲の山からいただき、「店で出すものはほとんどがこの辺で収穫されたもの」と博茂さんは言います。

 しかし博茂さんの表情に明るさはありません。「これから農山村がどうなっていくのか。見当もつかない」。博茂さんの脳裏には、「水田活用の直接支払交付金」(水活)制度の改悪があります。

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「手打ちそば美郷」のおいしいそば

 水田での転作
 支援を打ち切り

 71年から「減反政策」が始まり、新行地区では水田を使ったそばを作り協力してきました。

 しかし国は昨年、「2026年までに1度、水田化しないと交付金は出さない」などとする水活改悪を強行。さらに今年、「畑地化促進事業」として一時的な補助金を用意し、転作支援をあきらめさせようとしています。

 農家切り捨ての政策に全国の農家の怒り・不安・混乱が巻き起こる中、博茂さんは現状を話します。「私たちは、地元の生産組合で10ヘクタール、新行地域づくり振興会で4ヘクタールのそばを作っている。このままいくと、そばだけを作る振興会は、水張り期限を迎える3年後には経営が成り立たず解散する」。いま、玄そば1キログラムの売り値が300円で、水活交付で受け取るプラス300円がなくなると、種と肥料代で消えてしまいます。そば作りは続けられません。畑地化促進事業に移行することも厳しいのが実情です。

 新行地域に広がるほ場整備された水田では、ほとんどでそばを作り水活を利用してきました。振興会が解散すれば、水田は地主に返されますが、地主は高齢です。水活の交付を受け続けるには水路や畔(あぜ)の改修が必要で、とても自分たちではできず、耕作放棄地になってしまいます。

 「何より、そば作りに水は大敵。水を張れば水はけが悪くなり良いそばは作れない」。博茂さんは憤ります。

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店のまわりに広がるそば畑

 農業を軽視する政治は許せない

 標高900メートルの高冷地にある新行地区は、昔から労多く実りの少ない山間地で、そばは地域の大切な恵みだと千恵子さんは言います。「昔は米のかわりに一日に一食そば類を食べていた時代もあった。米の収穫が不足がちだった頃、住民の命をつないだのがそば。農業を蔑(ないがし)ろにする今の政治を考えると気が狂いそうになる」

 今、農山村地域は限界寸前だと話す博茂さん。「農家や民宿の後継者がいなく、25軒あった民宿は3軒に減り、農家の高齢化も深刻。気候変動も著しく、毎年9月に収穫するそばは、今年は10月になっても花が咲いている。収穫も大幅に減る。このままいくと日本の農業は農山村から崩壊していく。政治を変えないといけない」

(新聞「農民」2023.11.20付)
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