「農民」記事データベース20061009-751-06

日本・フィリピンEPA署名
(前号のつづき)

農民連国際部長 真嶋良孝さんに聞く


比経済の成長・発展の道閉ざす

 多国籍企業の横暴、不平等要求容れ

 農業・労働市場開放と引き換えに

表 EPAでフィリピンが自由化する主な鉱工業品と投資に関する合意 日本・フィリピンEPAが大枠で合意したのは〇四年十一月。アジアの中では一番早かったのです。それから二年近く進まなかったのは、日・タイEPAに比べて自動車の扱いが差別的で、これにフィリピンが不満を持ったからだと言われています。実際に、二年前の合意と協定を比べると、フィリピンの自動車自由化は後退しています。

 「FTAが進まないのは農業のせいだ」とよく言われますが、今回の交渉経過を見れば工業が原因で進まなかったことははっきりしており、こういう言いがかりがいかにデタラメか示していると思います。

 日本・フィリピンEPAで、フィリピンは、自動車やその部品、鉄鋼、電気・電子製品など鉱工業品の市場開放とともに投資環境の整備などを受け入れました(表)。これをどう見るか――。

 フィリピンのNGO、イボン財団が「日本・フィリピン経済連携協定について」という声明で、同協定は、日本の農産物市場と労働市場の多少の開放と引き換えに、フィリピンの「真の国内産業の成長と経済的発展のための道を閉ざす」ものだと指摘していますが、その通りだと思います。

 「最大の受益者は日本の投資家だ」

 工業製品の自由化の本質は、日本の多国籍企業がやる企業内貿易に関税をかけるなということにほかなりません。例えば、日本の自動車資本は、エンジン関連の高級な部品は日本国内の親会社が作り、それをアジアの子会社に「輸出」して国外で組み立てさせています。一方、ASEAN諸国に進出している子会社同士では関税はほぼゼロで、日本から送る高級部品にだけ関税がかかる。

 多国籍企業からすれば、なんで親会社が子会社に輸出するのにいちいち関税がかかるのか、これをなくせというのが、東南アジア諸国とのFTAにかける日本の多国籍企業の要求なのです。

 まさに多国籍企業の多国籍企業による多国籍企業のためのFTAといっても過言ではありません。

 声明は「この協定の最大の受益者は、日本の投資家たちである」と述べ、そのうえでフィリピンは産業を発展させるための「さまざまな政策手段を放棄することになる」と指摘しています。その一つが投資協定に盛り込まれた「パフォーマンス要求の禁止」です。

 パフォーマンス要求というのは、例えば日本企業が投資してフィリピンに工場を建てた場合、その工場ではフィリピン国内で製造された部品を何割以上使わなければならないという要求です。外国資本を受け入れる場合、受け入れ国はそれを国内産業の発展につなげたいわけで、パフォーマンス要求というのは伝統的にどの国もやってきたことです。ところが日本・フィリピンEPAでは、それが禁止されました。

 パフォーマンス要求は世界経済を均等に発展させるという点から見れば正当な手段です。しかも、パフォーマンス要求の禁止は、WTO交渉では認められていないのです。

 経済格差の背景に侵略と収奪の歴史

 世界史的に見ると、ヨーロッパ、アメリカ、日本の順番で工業が発展してきました。先進国は、アジア、アフリカ、ラテンアメリカの国々を植民地にする一方で、保護貿易によって経済を発展させました。保護貿易がなければ戦後の日本の発展はなかったでしょう。先進国が享受してきた保護主義的な政策を、発展途上国には禁止するというやり方は、公正ではありません。

 日本とフィリピンの間には大きな経済格差がありますが、経済格差が生まれた歴史的な背景をきちんと見ることが大事だと思います。とくにフィリピンは東南アジアの中で日本による占領の歴史が最も長いのです。フィリピンは四百年近くにわたってスペイン、アメリカ、日本に侵略され、過酷な収奪を受けてきた。こういう歴史を無視して、字面上の対等を押し付けるのは不当だと思います。

 医療労働者受け入れが生む矛盾

図 看護指数の人口比(主な受入国と送出国) 厚生労働省は、日本・フィリピンEPAで、看護師四百人、福祉介護士六百人、合わせて千人の医療労働者の受け入れを表明しました。なぜ千人かと言えば日本語を研修させる施設の収容力だそうです。受け入れ人数は今後増えていくでしょうし、なによりも労働者を「輸入」するシステムが作られたことが問題なのです。

 フィリピン人の医療労働者の受け入れが、日本の労働者の賃金や待遇にどう影響するか、「大したことない」という声もあります。しかし、私は、ミニマム・アクセス米がこれほど米価の足を引っ張っている現実を目の当たりにすると、楽観的過ぎるように思います。

 そして、さらに問題なのは、医療労働者の流出でフィリピン国内の医療体制が崩壊するかもしれないということです(図)。独立行政法人「労働政策研究・研修機構」のリポートは、毎年一万人誕生するフィリピン人看護師のうち国内に就業するのはわずか数百人程度で、「フィリピンの医療体制そのものを危機的状況に陥れる恐れがある」と指摘しています。こういう状況に手を貸すという点でも、日本・フィリピンEPAには重大な問題があるのです。

 WTO以上のものねらう先進諸国

表 経済財政諮問会議の「EPA工程表」 財界政治の司令塔である経済財政諮問会議は五月、「グローバル戦略」をまとめ、その中で「今後一年程度のEPA工程表」を示しました(表)。それによると今後、タイ、インドネシア、ASEAN全体、韓国から始まり、インド、湾岸諸国、オーストラリアなどなど、目白押しです。チリとの間では、小泉首相の“置き土産”のように、交渉開始からわずか七カ月で大枠合意に達しました。

 また、ASEANとは昨年四月から交渉が始まっていますが、その前段で双方の専門家がまとめた共同研究報告書があります。その報告書はあからさまに「日本企業は…『低廉な労働力』『労働力の質』…を重視している」、つまり低賃金でよく働く労働者がほしいと述べています。私は、公文書がここまで露骨に…と目を疑いました。

 WTO交渉が決裂、破たん状態に追い込まれて、先進国を中心にますますFTAに力を入れているのが現状ですが、その中で“WTO以上のものをFTAでねらう”というのが先進国の動きの特徴になっています。アメリカは米韓FTA交渉で、米の完全自由化要求をごり押ししています。しかし韓国政府は、国内の農民、国民の強い反対運動に直面しています。

 ビア・カンペシーナは、新自由主義をタコになぞらえて、WTOが頭、手足がFTAだと指摘し、たたかいを呼びかけています。たたかいをグローバルに展開しながら、日本政府を追い込んでいく運動がますます重要になっています。

(新聞「農民」2006.10.9付)
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2006年10月

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