日経調「農政改革」提言と
日本の農業・農民
駒沢大学名誉教授 石井 啓雄(いしい ひろお)
第10回 「提言」の空恐ろしい素人的な論議(1)
権利移動と賃貸借の解約をめぐって〈上〉
日経調「提言」が法人企業の参入自由化を求めることは、本質的には農地法の換骨奪胎的改廃を要求していることに等しいことには触れないまま、耕作目的の権利移動に関連して、次のような具体的提案をしています。
「提言」の具体要求
(1)宅地の定期借地権のような一定期間[二十年]以上の農地定期賃借権の制度化、(2)その管理とあわせて「中途解約の場合の利用者の保全ルールなどの設定」と、「これを監視する公的な第三者機関の設置」、(3)この機関への利用権の中間保有機能の付与、(4)「事前チェックだけでなく、農地が農地として利用されていることの確認(違法行為の摘発とその解消)等」と、それを行う公的な第三者機関(たとえば農地利用・監視委員会)の設置、(5)その公的機関による農業への参入を希望する企業への農地情報の開示―以上の五つです。なお、ここで(2)(3)(4)(5)で言っている公的機関は同じものです。
「議事録」を読むと、最終的な「提言」では穏やかな言葉づかいや、たとえば上記の事前チェックなど、あとで言い逃れるための言葉と判断できるものがあることがわかるので、それも考慮して言えば、「提言」が求めていることは、法人企業の農業参入促進を前提として、およそ次の五点に集約できます。
(1)農地の存続期間二十年以上の長期定期賃借権制度の創設、(2)その土地の所有者による中途解約から利用者の利用(権)を守るルールの制度化、(3)事前の権利移動統制制度の廃止と事後チェック制度の創設、(4)農業委員会の廃止と地域の住民や企業の代表などによる公的第三者機関(農地利用・監視委員会)の設置、(5)この第三者機関への農地の権利の中間保有と農地に関する情報開示機能の付与―の五点です。
農地の長期の定期賃貸借論は成り立たない
だが、この五点のすべてについて、法律についての無理解、行政上の実効性とコストへの無配慮、既存の組織とその仕事についての偏見などの問題があります。
まず、長期の農地定期賃貸借とその中途解約の問題について。
日本では、賃借権の存続期間は、民法(第六〇四条)で最長二十年と定められています。宅地のそれより長い賃貸借の継続は、借地法の保護によるものです。定期借地権は地主側の立場にたってその期間を制限すべく制度化されたもので、制度創設の経過としては農地の利用権の設定・終了制度が参照されたのでした。
なお農地についていえば、当初制度時の農地法(第二〇条)では、期間の定めや文書による契約がなくても、また解約の合意があってさえも、賃貸借の解約等には都道府県知事の許可が必要とされていたのでした。これと自動更新(第一九条)の規定、さらに小作地の所有権は小作人しか買えないという規定(制定時の第三条の一部)や小作料統制(同第二一条)などにより、農地改革残存小作地の耕作権は著しく強化され、事実上二十年以上賃貸借が継続することが一般化したのでした。しかし、これらの規定が新しい賃貸借の成立にはマイナスに作用するようになったので、一九七〇年農地法改正では、一定の条件を整えた合意解約と十年以上の定期契約の期間満了時には、許可不要(ただし、農業委員会への通知が必要)としたのです。この結果、二〇条による賃貸借の解約はほとんどが通知でたりるものになっていきました。
とはいえ、法第二〇条の解約等の制限が基本的に維持されていることはいうまでもなく、中途解約についての「提言」の心配はまったく無用な心配です。
(つづく)
(新聞「農民」2006.11.13付)
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