長野の農民連と新婦人共同で 
被災地宮城東松島を支援
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 私たちの支援がきっかけになって 
お互い協力、助け合ってもらえれば
 長野県農民連と新日本婦人の会県本部は2月18、19の両日、共同で被災地支援活動を行いました。東日本大震災から6年、14回目(栄村への支援を入れると15回目)になります。
  被災支援14回目
 マイクロバスに支援物資、機材を積み込み、県内を回って15人(うち初参加8人)を乗せ、現地に向かいました。運転手の上田正さんは、1回目から連続しての担当です。
 片道9時間かけて、目的地、東松島市のあおい地区復興集合住宅と小野駅前東住宅集会所に到着。現地で段取りをしてくれたのは、宮城農民連の鈴木弥弘事務局長と矢本農民組合のみなさんでした。 
 14回目となると慣れたものですが、私たちが接するのは毎回初めての人たちばかりでした。 
 支援のきっかけは、震災直後、長野・上伊那農民組合の竹上一彦組合長(県連会長)による宮城県・鳴子温泉農民の家農業協同組合(当時の理事長は鈴木事務局長)への支援活動でした。 
 そこでとう留していた、東松島市からの被災市民約500人との交流が以後の全県的な被災地支援とつながっていったのでした。 
 「白毛餅」つき豚汁も用意
 ゼロからの出発
 2日目は、前回も訪れた小野駅前東住宅集会所会場でした。「白毛餅」の餅をつき、あんこときな粉で盛り付け、豚汁も用意しました。鈴木事務局長は支援を振り返り、こう語ります。
 
  
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    子どもたちも「よいしょ!」。白毛餅で餅つき  | 
   
 
 「仮設住宅から復興集合住宅となりましたが、みなさん抽選で当たり入居された方々でお互いを知りません。入居者の3分の1ぐらいはお年寄りです。今まではマイナスでしたが、これでゼロからの出発です」 
 竹上会長も「自治会役員のなり手がないなかで、お互いが助け合い協力するためにもこの支援を通じてお互いのつながりをもってもらいたい」と語ります。 
 
  
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    温かい料理が振るまわれました  | 
   
 
  浪江の現状視察
 帰路は全線開通した常磐道を南下し、福島県南相馬市の広大に整備された作付けできない水田とセイタカアワダチソウの大群落を眼下に眺めながら、福島・浜通り農民連の三浦広志さんの案内で浪江町内を視察。「原発と放射能汚染の現状」と現状打開の興味津々のお話をうかがいながら、福島を後にしました。
        (長野県農民連 諏訪あらた) 
 
 
 
 
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長野・小諸市 布施和子  | 
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東京・日の出町 折田ナナ  | 
 
 
         (新聞「農民」2017.3.13付) 
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