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私は言いたい~食料自給率向上へ~ 語られない言葉が語るもの ――消えた「自給率目標」、「飼料用米」「担い手」、「集落営農」―― 寄稿 (株)資源・食糧問題研究所 代表 柴田 明夫さん(2024年05月13日 第1600号)

 食料・農業・農村基本法改正案が4月19日、衆院を通過した。改定基本法案では、微妙に消えた言葉がある。「食料自給率目標」、「飼料用米」、「担い手」、「集落営農」などだ。これらの消えた言葉をつないでいくと、岸田政権の隠れた意図が見えてくる。

食料自給率を目標の一つに

 まず、「食料自給率目標」である。基本計画では、政府は2030年度にカロリーベースで45%、金額ベースで75%目標を掲げているが、制定時から上向くどころか低下し、22年度では、それぞれ制定時から2ポイント減の38パーセント、14ポイント減の58パーセントと低水準から抜け出せない。
 にもかかわらず改正案では、自給率目標は掲げられず「その他の食料安全保障の確保に関する事項の目標」に変えられている。これまで基本法体系では唯一無二の目標であった食料自給率を、「目標の一つ」(ワンノブゼム)に格下げした格好だ。
 「飼料用米」という言葉も見なくなった。米の消費量が減少する中で、水田と水田農業がわが国農業の基盤であるという考え方から、農林水産省は14年より、「減反廃止」(生産調整の見直し)政策を本格化し、主食用米から飼料用米への転換を進めてきた。それに伴い、08年時点で1万トン足らずであった飼料用米の生産量は、22年には80万トンに達し、作付面積も1410ヘクタールから14万ヘクタール強へと拡大した。
 しかし、基本法見直しの議論の過程ではほとんど触れられることもなくなった。代わりに出てきたのは、「水田の畑地化」である。水田を畑地化し、輸入から国産への転換が求められる小麦や大豆、加工業務用の野菜への転換を進めるというのである。優れた食料生産装置である水田をなくして畑地にするとはどういうことか。
 外形的には、水田の周囲の畦畔(けいはん)を撤去し、水を溜められないようにすることである。水田の土壌下部構造である耕磐層も破壊し、水はけを良くすることである。その結果、水田地帯に張り巡らされた水系は遮断され、水害などの自然災害はもとより、集落機能をも壊す恐れが出てくる。
 「担い手」という言葉もなくなった。代わりに登場したのが「人材」だ。「農業経営を担うべき人材」「農業者その他の農村とのかかわりを持つ者」「農作業を行う人材」「多様な農業者」などだ。これらを読むと、どうやら改正基本法が想定しているのは、大規模農業法人が必要とする雇用労働者(外国人労働者を含む)ではなかろうか。となると、この延長線上に「集落営農」という言葉が消えたのも理解できる。

管理貿易と統制断ちがたい誘惑

 筆者は以前、「アメリカ社会には農家があっても村がないという構造になっている」ということを聞いたことがある。村がなければ、農業・農村の多面的価値も失われる。食料安全保障を担保するはずの国内生産基盤の強化は望めない。
 代わって現れたのが「食料供給困難事態対策法案」だ。どうやら岸田政権は、「管理貿易と統制への断ちがたい誘惑」があるようだ。