食料・農業・農村基本法改定案 参議院農林水産委員会・参考人質疑 長谷川敏郎・農民連会長の意見陳述(全文) 自給率向上投げ捨てる改定案を厳しく批判(2024年05月27日 第1602号)
参議院農林水産委員会での「食料・農業・農村基本法改定案」の参考人質疑で、農民連の長谷川敏郎会長が意見陳述を行いました。全文を紹介します。
食と農の危機はかつてなく深刻

陳述する長谷川会長
食料・農業・農村基本法改正案について意見陳述を行います。
現行法のもと基本計画で決めた食料自給率目標は一度も達成されず、その検証もないまま、食料自給率向上そのものを投げ捨てる改正案に反対です。
農民連は、多くの団体と協力し、今国会に「食料自給率向上を政府の法的義務とすることを求める」署名を提出しています。
食と農の危機はかつてなく深刻です。食料自給率は38%ですが、種子・肥料・農薬・飼料・機械・燃油の全てが価格高騰し、そのほとんどを輸入に頼る中で本当の自給率は10%あるかどうか、「砂上の楼閣(ろうかく)」です。いざという時、「世界で最初に飢えるのは日本人」と言われ、国民の関心・不安はかつてないものがあります。
私は、島根県の中山間地域、邑南(おおなん)町で繁殖和牛2頭を飼い、稲作1町2反の農家です。
農村現場では、作り手が減り、耕作放棄で荒れる水田が広がっています。コロナ以後の生産者米価の暴落、資材高騰で、「あそこも、ここも」と米作りをやめています。邑南町役場で調べてもらうと、米を作付けする農家はたった4年で16%も減りました。作付けの筆数も13%減少、こんな農村でいいのでしょうか。また、こんな農村になぜなったのでしょうか。
新規就農者対策は一切なし
農民連は一昨年から資材高騰対策や「日本から酪農・畜産の灯を消すな」の運動を取り組みました。米も、野菜も、果樹も後継者がなく、経営は赤字、まさに日本から農業の灯が消えるかどうかの瀬戸際です。いまこそ、政治が本気で食料増産を掲げ、日本農業の再生で食料自給率向上をめざす農業基本法を作り上げていただきたいと思います。
基幹的農業従事者が25年で120万人も減りました。坂本農水大臣は農水委員会で高齢になって離農されたからだと答弁されました。高齢は誰にも訪れることです。問題は減少する担い手を補充する新規就農者対策を政府がやらなかったからです。
コロナ禍を経て農業をやりたいという若者が増えています。しかし、農業で食べていけない、国の農業政策では将来が見通せないと言います。「子どもに農業を継いでくれとは言えない。自分で終わりだ。もう一年、もう一年と頑張ってきたけれど…」と離農する農家がどれほど多いことか。ところが、改正案では、新規就農者対策はありません。基幹的農業従事者のうち、50歳代以下はたった23・8万人。一方、80歳を超えて、なお現役で頑張って生産を支えていただいている農民が23・6万人です。こんないびつな農業生産体制がいつまで持つでしょうか。
家族農業を再評価し支援を
大事なことは規模の大小を問わず、すべての家族農業を政策対象とし、家族経営の果たす役割を再評価し、農業再生の主人公にすることです。2020年の総農家数174万戸、うち「自給的農家」は72万戸です。
この方々がいてこそ、地域農業・コミュニティーは支えられています。
今年は日本も提案国として賛成した国連「家族農業の10年」の折り返しの年です。農業基本法以来一貫して進めてきた大規模化・法人化一辺倒を改めるべきです。半世紀近く、制度や補助金を集中して育成してきたにもかかわらず、法人・団体は経営体数の3%、農地の34%を担っているにすぎません。
私は規模拡大や農業法人を否定するわけではありません。家族農業を「古い経営形態だ、どんぶり勘定だ」などと攻撃し、政策対象から排除してきたことが誤りだったと指摘しているのです。
今回の改正では、「効率的かつ安定的な農業経営を営む者」と「それ以外の多様な農業者」に分け、それ以外の農業者の任務は「農地のお守り」に限定です。「それ以外」とは何ですか、この分類は見直すべきです。
私の20年間の家族農業の経営データを島根大学の先生方が分析し論文を発表されました。それによれば、「小規模で限られた経営資源をどのように配分すれば生産性が高まり、効率的な農業経営ができるかを経営資料から判断し、『所得の経営と家計の未分離』という弱さを克服している」との結論です。税金申告でも2014年からすべての事業者に記帳義務が課せられました。農民連の会員は『農業収入・支出記帳簿』で記帳し、自主申告を行っています。これまでの家族農業への不当な攻撃は事実に反しているといわなければなりません。
ヨーロッパでは1984年にEC共通農業政策を転換し、それまでの専業・大規模農家の育成から、「兼業」を再定義して「多重就業農家」をきちんと位置付け直しています。
家族農業には多彩な経営があり、経営の重点は家族の暮らしとその基盤となる地域を大切にします。それはそこに住み続けるからです。その結果、農業に不可欠の水と土と森、自然と生態系を守ることができます。
家族経営の目標は、農業労働や農業生産の成果を享受し、家族で喜びを分かち合うこと。規模拡大や経営成長、それ自体が目標ではありません。
また、家族の構成員の年齢構成の変化による家族周期に合わせて農業経営を伸縮できます。企業的な農業経営は、雇用労働や多額の設備投資など固定的要素により柔軟性に乏しく、気象変動や災害、価格変動のリスクに対してぜい弱です。農業法人の倒産が過去最大になっているのはその表れです。家族経営では家族内部で労働、所得、財産を柔軟に伸縮、融通することで危機に対応します。
こうした家族農業の特性を再評価し、支援することこそ、環境にやさしく持続可能な農業経営体を増やしていく道だと考えます。
水田と里山は多様で豊かな財産

5人の参考人が意見陳述しました
次に、地球規模での気候変動など世界の食料生産が不安定です。ところが改正案はさらに輸入依存、安定的輸入を掲げています。大きな間違いです。「お金を出せばいくらでも買える」時代は終わり、中国に「買い負け」や穀物がバイオエネルギー原料として取り合いが起きています。国内で農畜産物を増産することが緊急の課題です。
食料輸入の困難さに異常な円安が加わり、農業経営の危機と食料供給のぜい弱性が浮き彫りになっています。農民は作りたくても作れず離農が進む一方で、貧困と格差の拡大で「食べたくても食べられない」人々が急増しています。日本はFAO(国連食糧農業機関)のハンガーマップで飢餓国に認定されています。
世界の食と農の危機は、短期的・一時的ではありません。2058年には地球の人口が100億人と予想される中、日本の穀物自給率は、世界185カ国の中で129位です。人口1億人以上の国は、穀物自給率100%をめざす国際的責務があります。
坂本大臣は「トウモロコシや麦や大豆をすべて国内で生産するとすれば現在の農地の3倍が必要。それは無理だから輸入」と答弁しています。しかし、日本でも1967年~68年には2100万トンの穀物を生産していました。米生産による人口扶養力は小麦の2~4倍、日本の農地1ヘクタール当たりの人口扶養力は抜群です。日本で作れるものは精いっぱい作り、どうしても足らない分を輸入する政策に転換すべきです。
国土の7割を山地が占め、国民1人当たりの農地面積は3・7アールしかない日本で、太陽エネルギーの変換率が高い水田はアジアモンスーン地帯の持続可能な農業の要として重要です。40万キロの用水路、中山間地の棚田は洪水防止、水源かん養の役割を果たし、畦畔面積は14万3千ヘクタール(2009年)、単純に幅2メートルとして、72万キロ、地球18周分にもなります。
水田と里山は、農民の共同の労苦で作られた多様で豊かな生態系として将来に引き継ぐべき貴重な財産です。水田を水田として存続し穀物自給率を向上させることを提案します。水田の畑地化を条文に書き込み田んぼをつぶす政策を推進するような暴挙は許されません。
アグロエコロジーの実践で危機打開を
また、これまでの農業生産のあり方そのものも見直さなければなりません。
1961年に定められた「農業基本法」は、小麦や大豆、飼料をアメリカからの輸入に依存させることを前提に「選択的拡大」を進め、規模拡大と効率主義を柱に、小品目大量生産、化学肥料・農薬の多用、輸入飼料に依存する畜産など農業生産にゆがみを広げました。現行基本法は、ゆがんだ日本農業に市場原理主義を持ち込み、さらに農村と農業の破壊を加速させました。
日本農業を再生させるには、これまでの政策の根本的な反省と転換が必要です。どんな方向が日本農業の再生の道なのか、農民連はアグロエコロジーを対案として提案します。
アグロエコロジーは自然の生態系を活用した農業を軸に、地域を豊かにし、環境も社会も持続可能にするための食と農の危機を変革する方針であり、実践です。循環型地域づくり、多様性ある公正な社会づくりをめざす運動として、FAOも推進し、世界の大きな流れです。
私の30年余のアグロエコロジーの実践を資料として配布しました。有畜複合による経営内の資源循環で化学肥料に頼らず地力を維持し、殺虫剤をやめたことで様々な虫が増え、その結果としてツバメやクモ、カエルやヘイケボタル・赤トンボなど生物多様性が回復され害虫を抑える。また、それは資本の外部流出を防ぐ持続可能な農業経営です。中山間地は実に豊かな資源に恵まれた地域です。
島根大学の先生方が私の経営を多角的に分析されました。今年1月には中国の西北農林科技大学の陳先生と学生9人が、この7月には韓国から25人が視察に来ます。アグロエコロジーは日本農業の明るい未来を切り開く道標です。
旧農基法前文の理念で農業再生を
現行法制定でバッサリ削除された1961年の農業基本法の前文を改めて振り返りたいと思います。
「わが国の農業は、長い歴史の試練を受けながら、国民食糧その他の農産物の供給、資源の有効利用、国土の保全、国内市場の拡大等国民経済の発展と国民生活の安定に寄与してきた。(略)…われらは、このような農業及び農業従事者の使命が今後においても変わることなく、民主的で文化的な国家の建設にとってきわめて重要な意義を持ち続けると確信する。(略)…農業の自然的経済的社会的制約による不利を是正し、(略)…農業従事者が他の国民各層と均衡する健康で文化的な生活を営むことができるようにすることは、農業及び農業従事者の使命にこたえるゆえんのものであるとともに、公共の福祉を念願するわれら国民の責務に属するものである」
農村政策の基本は地域農業を再生することです。日本には「農業と農村が必要」という国民合意を作り上げるような基本法改定の議論を強く要望し、私の陳述を終わります。
参考人質疑での長谷川会長の質疑応答(要旨)
参考人質疑で長谷川会長が行った質疑応答の要旨は次の通りです。
▽徳永エリ議員(立憲民主党)
水田の畑地化について。
水田活用直接支払交付金の見直しの大前提は、水田で米をつくるなという減反政策から始まっている。畑地化で支援対象から外すことが間違っている。
▽金子道仁議員(日本維新の会)
中山間地で受けた不利な扱いとは何か、 その原因は?
制度融資などを受けるためには、さまざまな条件がつけられ、すべての農家が対象になるということはほとんどない。規模拡大、認定農業者かどうかなど差別・選別が行われてきた。
▽紙智子議員(日本共産党)
アグロエコロジーについて。
これまで化学肥料や農薬に依存し、商品を大量に作り、産地形成をしていくやり方だった。そうでない方向へ切り替えないといけない。
再生可能エネルギーの使用も含めて、中山間地には生かせる資源が多いし、それを生かす農業へ転換することが必要だ。
直接支払いの必要性について。
私たちは「提言」で、価格保障、直接支払い、価格転嫁について、そしてもう一つ、食料支援制度をきちんとつくってほしいと要求している。
これが、国が食料を買い支えて需要を増やしていく、自給率も高めていくことになっていく。
参院農水委員会参考人質疑陳述(要旨)
参院農水委員会参考人質疑では長谷川会長のほか4人が陳述。2人の陳述要旨を紹介します。
直接支払いの導入を
明治大学専任教授 作山 巧

今回の改正案は検討期間が短く、過去の政策の検証や評価が十分ではない。中山間地域等直接支払制度のような生産基盤を強化するための新たな支援策が乏しい。
安全保障とは、国外からの攻撃や侵略に対して国家の安全を保障するという有事を指す概念で、平時の入手可能性に食料安全保障という用語を当てるのは矛盾がある。多くの有識者もFAOのフードセキュリティーは食料確保や食料保障を指すと述べている。
改正案の食料の価格形成では、生産者・消費者間の相互矛盾の解消策が示されていない。
生産者に対する直接支払いで重要なのは、その全てが生産者の取り分になるのではなく、市場価格の低下を通じて消費者にも利益が及ぶ。直接支払いで市場価格が低下するのは経済理論にとっては当然の結果で、それによって消費者の実質所得の向上、米の消費拡大、輸出の拡大につながる点で、現行の政策より利点が多いことは明らかだ。
累進課税を原資として生産者に対する本格的な直接支払いを実施し、導入すれば、生産者価格が上昇する一方で消費者価格は低下することから、生産者と消費者の実質的な所得が上昇し、生産基盤の強化と経済格差の是正を通じて食料安全保障が確保される。直接支払いは、食料安全保障と食料の価格形成に対する一挙両得の解決策だ。
所得確保を目標に
中山間地域フォーラム副会長 野中 和雄

食料、農業の部分についてはたくさんの議論が行われたが、農村の部分についてはほとんど議論が行われなかった。地域政策の総合化を一層進めなければならない。
一つは、農村の価値、魅力の再評価が進み、いろんな人が農村に入ってきて活躍するようになったことで、農村も自信を取り戻しつつある。もう一つは、農村の経済力。今や再生可能エネルギーとかデジタルの活用で、農村でも経済が回り、その経済が循環していけば所得につながる状況になった。
農村は、多面的機能が発揮される場で、福祉、教育、その他国民にとっても非常に重要な場になり、国民の資産、財産という状況になっている。基本理念にしっかり書くべきだ。
地域経済が循環していけば所得が上がり、農村地域経済全体が向上すると、農家も副業所得が入る。それ以外の方々も副業所得が入り、地域全体が豊かになる。農業所得がちょっと足りなくてもそれで補ってみんながそこに住むことが可能になる。この地域資源を活用した所得と雇用の確保を農村振興施策として位置付けるべきだ。
現在農村で一番問題なのは人口減少、過疎化の加速化であり、農業で食べていけないことが原因だ。所得の確保を基本法として中長期的な目標に掲げるべきだ。