復旧・復興にほど遠い被災地 能登地震被災地を訪問して 富山県農民連・水越さんと石川農民連・宮岸さんに感謝 農基法改定に怒り(2024年06月17日 第1605号)
手記
元日本の伝統食を考える会
浅岡 元子さん (奈良市)

西野さん(中央)らから話を聞く中筋さん(左)と浅岡さん(その隣)=七尾市
支援物資を積んだ富山県農民連副会長・水越久男さんの車に中筋恵子さんと同乗させてもらい、5月22日~24日に能登半島の被災地を訪問した。道路は陥没・隆起があちこちにあり、左右の山に目をやると、崩れて山土があらわになったところや大きな岩が落ちていた箇所もあった。
牧草地に地割れ
酪農の未来不安

田んぼに大きな穴が開いていた=内灘町
はじめに訪問した能登町鶴町の牧場主・西出穣さんは次のように語った。
「一番大変だったことは断水で川から水を運んだこと。能登の酪農は牧草を作っているので後継者が育ち、若い酪農家が多い。地震で牧草地に地割れがたくさんでき、牧草を刈る作業は2~3倍時間が掛かるようになった。現在の公的支援制度を使っての修理や建て直しに不安を抱えており、牛舎の修理も必要だが手厚く牛の世話をしたいので頭数は増やしたくない。2年前に9人いた能登酪農青年部が6人に減り、実際やっているのは5人。この地震で廃業する牧場もあり、県内産牛乳の需要に応じられるか気がかりだ」
次に地震と津波による家屋の倒壊がひどかった珠洲(すず)市を、共同支援センター事務局長・黒梅明さんが案内してくれた。
能登地方のシンボルでもある見附島は崩壊してほぼ半分になっていた。原発予定地だった高屋町は海岸が隆起して、原発が建設されていたら大変なことになっただろう。岩が海水面から飛び出し、これでは「岩のり」はもう採れないと聞き、岩のりを採る仕事も食文化も消えてしまうのかと悲しくなった。
復旧支援が必要
市街地と港湾

家屋が倒壊していた=能登町
2日目は輪島市。白米千枚田から輪島朝市通りの市街地と港を回った。輪島診療所で鐙史朗市議、新日本婦人の会の方2人、上濱幸子事務長と懇談した。「一番の問題はトイレの準備ができていなかったことで、ここから複数の感染症が広がった。輪島市では断水している地域が多くあり、水と簡易トイレが配布されている。輪島は人手不足でスーパーは時短営業、3社あったタクシー会社は1社のみ。仮設住宅に入居した高齢者は買い物が大変なことや必要な情報が伝わりにくいなど気がかりだ」
最後に上濱事務長は「個別に現場の声をまとめて行政に届け、行政が国に要望を出すということをやらないと事態は動かない」と切実な思いを訴えた。
続いて液状化の被害が多い河北郡内灘町を、石川農民連会長・宮岸美則さんが案内してくれた。液状化で建物が10メートル以上動いたところでは、電柱が何本も同じ角度に傾いていて恐怖を感じた。田んぼに大きな穴があいていた。
害虫に負けない米作りを学ぶ
3日目、七尾市の万行希望の丘農園で西野勝一さん(石川農民連会員)から害虫に負けない米作りや有機肥料のお話を聞いて、仲間の坪内明さんらとともにおいしい米作りに意欲と希望を持っていて、能登に来て初めて心が和んだ。
3日間被災地を回って感じたことは、地震から間もなく5カ月というのに、倒壊家屋や傾いて崩れそうな家屋、液状化の被害などがそのままの状態ということだ。
専門家の英知を結集して、大がかりな工事ができる業者や資材が投入されないと復旧は無理だと聞いた。「万博より被災地支援を最優先に!」という切実な声に真しに応えるべきだ。食料自給率38%という危うさに拍車をかける今回の地震、なぜ国は総力を挙げて生産者を応援しないのか!
改定農業基本法が多くの反対を無視して成立した。有事にはイモばかり食べさせられるのか!イモは食べたいときに食べたい。家族経営の農業・酪農・漁業が減少していくのを食い止め強力な支援をするのは待ったなしのはず。国の責任を放棄しないでと叫びたい。自衛隊基地や弾薬庫だらけの日本に何の希望もなく、あるのは怒りと不安ばかり。平和で自分の仕事に夢と希望を持ち、働く人たちが仲間と一緒にがんばれるそんな日本にしたいと強く思った。