持続可能社会の土地所有権を考える 耕作者主義は農業の土台 「農地法」が未来を先取り 政府は改悪に執念 楜澤能生さん 早稲田大学法学部教授(2024年11月25日 第1627号)

国連「家族農業の10年」と連携し活動するFFPJ(家族農林漁業プラットフォーム・ジャパン)は10月28日、第34回連続講座を開催し、「農地を守るとはどういうことか?」をテーマに、早稲田大学法学部の楜澤能生教授(写真)の講義を受けました。
楜澤さんは法社会学を専門とし、現在の産業社会から「持続可能社会への転換」を最重要課題と捉え、「この転換にとって農地制度が革新的な意義を持つ」として研究をしています。日本農業法学会の会長も務める(2020年~)楜澤さんの講演内容をまとめました。
戦後農地制度の体系は「耕作者主義」と「農地の自主管理」という2つの原則でできています。今日は特に耕作者主義について話します。
「耕す者が農地を所有」が基本
耕作者主義とは、経営・労働・農地所有権(賃借権含む)の3つを一体とする考え方です。
1952年の農地法は、農村経済秩序の転換と地主制への回帰を防ぐことを目的とし制定されました。実際に農地を耕す者を農地所有権の主体者と定め、農地の権利移動を国が規制しました。これにより多くの小作農が自作農になりました。
61年の農業基本法制定で国は基本農政を見直し、機械化を導入し規模拡大を推奨します。このとき、農地は売り買いではなく貸し借りを基本とした規模拡大でした。
70年の農地法改正で国は新たな義務を課します。「農作業常時従事義務の導入」です。農地の貸し借り、売り買いの許可要件として、「農作業に常時従事する者で、取得農地の全てを耕作する者でないと農地の取得はできない」としたのです。これはそのまま「耕作者主義」の考え方です。生産と生活が一体となった地域社会の担い手として、とても重要な位置づけです。
国による規制緩和広がる
しかし国は徐々に農地に対する規制緩和を進めていきます。その動きは小泉内閣以降顕著に。中でも重要なのが09年の農地法改正です。「農作業に常時従事しない個人、農業生産法人以外の一般法人も農地を借りられる」としたのです。この時はまだ「農地の売り買い」への規制は残ったものの、耕作者主義の一角が崩されました。13年には「国家戦略特別区域法」を制定し、これにより兵庫県養父市が経済特区として16年から企業の農地取得が条件付きで認められました。
農地法が参入を妨げている?
これらの規制緩和の波は経済界から出されたものです。「効率的な経営・加工・流通ができる企業が、不効率な家族農業に代わって農業に参入し、低コスト生産により消費者のニーズに応える安価な農産物の提供が可能になる。それを妨げているのは農地法だ」、「ヒト、モノ、サービスが自由に移動できる先進国でこんな規制を続けているのは日本だけ。時代遅れだ」という攻撃です。
しかし私は、これらの指摘は事実誤認だと思います。「農地を他の商品一般と区別し、自由な取引に制約を課す」という概念は、明治の産業社会化以来、100年続く歴史の積み重ねの中で培われてきたものです。そして日本の耕作者主義と同じ原則を持つ法制度はスイスやドイツ、オーストリアにも存在しています。
また、昨今の農家や農地減少は「農地法に原因がある。この法律が参入を妨げている」と指摘する人がいますが、私の考えは違います。「作っても赤字しかうまない」という今の基本的な農業の困難性は、農業政策が原因なのです。そもそも農地法が機能するには、かつての「食管法」や「農産物価格支持制度」のような、価格差に応じて補てんする直接支払いがあることが前提です。『作ればコスト割れせずに業として成り立つ』ことが重要なのです。私はむしろ、農水省が進めてきた法人化や規模拡大が農業従事者を減らしてきたと考えます。
今回の食料・農業・農村基本法改正にともなう農地関連法改正をどう見るのか。農水省の目玉は、「農業経営基盤強化促進法」の中で「議決要件(出資要件)の特例を導入」したことにあると私は考えています。「農地所有適格法人(農業生産法人のこと)の出資者として、農業関係者ではない食品事業者と地銀ファンドを新たに認め、その出資額を全体の2分の1以上可能とする」としたのです。これでは耕作者主義は守れません。
政府は99年農基法で経営の法人化を進め、今回の改正で法人の経営基盤強化を図るとして、新設した改正農基法27条2項に「法人の自己資本の充実の促進」という文言を入れました。「議決要件の特例導入」はこれに対応したものです。
耕作者主義とこれからの社会
持続可能社会への転換に向けて、日本の農地法制がどのような役割を果たすのか。私は、「持続可能社会を支える所有権の在り方」が、産業社会を支える「私的所有権」のままでは実現できないと思っています。
直接生産者と生産手段所有者が分離していない「個体的所有権」が、持続可能社会における所有形態を先取りするのです。個体的所有権もやはり耕作者主義に基づくものです。
そして耕作者主義の考え方は、農水省自身が目指している低投入と内部循環による生産の在り方にも深く関係します。生産と生活が一体である耕作者主義は、里山や山林といった自然資源を維持管理し、農業における土の本源性を引き出し、土や作物・家畜と人の関係を自然共生的に組み立てる循環型農業形成の土台となるのです。
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この講座はFFPJホームページまたはユーチューブチャンネルで視聴できます。