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ジェンダー平等へ 選択議定書の批准を早く 「社会構造の変革を」 日本政府に厳しい勧告 国連女性差別撤廃委員会 総括所見(2024年11月25日 第1627号)

NGO代表団の皆さん

 国連女性差別撤廃委員会(CEDAW、セドウ)が10月中旬、8年ぶりに日本のジェンダー平等への取り組みについての審査(日本報告審議)を行い、日本政府への勧告を含む「総括所見」を発表しました。
 総括所見では、同条約の選択議定書の早期批准や、夫婦別姓の導入を勧告したほか、女性への暴力や女性の政治参加、平和や従軍慰安婦問題、雇用、そして農村女性などの幅広い分野にわたって評価と勧告が行われ、どの項目でも日本政府の取り組みの遅れを厳しく批判するものとなっています。
 農村女性の分野では、農業政策など意思決定の場への女性参加が低いこと、健康保険制度や公的福祉サービスに傷病手当や出産手当がないことへの懸念が示されたほか、「女性の経済的自立を事実上妨げている」として、所得税法56条の廃止が勧告されました。
 所得税法の見直しについては、前回審査でも懸念が示されていましたが、今回はより踏み込んで「所得税法56条の廃止」と明記して勧告されたことは、非常に大きな意味があります。
 農民連女性部は日本婦人団体連合会(婦団連)と、日本女性差別撤廃条約NGOネットワーク(JNNC)の2つのリポートで農村女性などの分野を担当したほか、10月にスイス・ジュネーブで行われた日本報告審議のロビー活動にも、NGO代表団の一員として女性部役員の久保幸子さんを派遣。今回の総括所見ではこれらのリポートと同じ表現も散見されるなど、委員の理解に大きな力を発揮しました。
 久保さんの現地リポートを紹介します。

 

「勧告」を力に、農村でのジェンダー平等へ粘り強く

手記 農民連女性部役員 久保幸子さん(茨城県西農民センター)

CEDAW委員に向けて英語でスピーチする久保さん

 10月14日の朝、成田空港から19時間近くをかけ、緊張の面持ちでジュネーブに降り立った私たち婦団連チーム。ホテルでスーツケースを預け、すぐに国連に向かいました。
 スイスといってもハイジの風景とはほど遠く、滞在ホテルのあるコルナヴァン駅周辺は、バスやトラム(路面電車)、タクシー等が縦横無尽に走りまわり、多くの人や乗り物が行き交う街でした。
 時差で混乱した頭のまま、スニーカーをパンプスに履き替え、「いざ国連!」へ。ところが気負った心とは裏腹に、履きなれないパンプスであっという間に靴擦れになり、足を引きずりながらのなんとも情けないスタートになりました。「女性の公共の場でのパンプスやヒールの強制は『靴』ではなく『苦痛』。数年前に#KuTooという運動が日本でも起こったでしょう? スーツにスニーカーでいいんですよ」というチームの先輩の言葉に、あらためて国連の敷地ですれ違う女性の足元を見ると、スーツにスニーカー、ワンピースにバレエシューズと実にさまざま。思わぬところで「女性差別」に対する自分自身の認識不足を痛感しました。

 

委員にアピール文手渡しロビー活動

CEDAWの委員(手前左)にアピールペーパーを手渡しながらロビー活動する久保さん(その右隣)

 その日の午後は各国のNGOが集まるミーティングに参加。全員の発言を保証するため、与えられた時間が経過すると内容が途中でも次の発言者にマイクが渡されていく様子を見て、自分が発言する日までドキドキしながら過ごしました。
 ロビー活動(CEDAW委員への個別の働きかけ)では、千葉県の篠田ちゑさんからいただいた折り紙細工の楊枝入れを、農民連女性部のアピール文とともに委員に手渡しました。ところが委員の方々から突然、英語で話しかけられても、答えに窮する場面も多く、自分の語学力のなさに大変落ち込むことに。
 それでもNGOからの1人50秒のリレー発言では、女性部で作った2種類のアピールタペストリーを背に、心臓をバクバクさせながら英文の原稿を音読しました。

 

原稿棒読みの日本政府に強い怒りが

CEDAWの委員の皆さん

 17日には、日本政府代表団の報告に対し、CEDAW委員から質疑応答が行われる、日本報告審議が行われ、私たちNGOも傍聴に入りました。
 NGOと委員の気迫に対し、のらりくらりとした態度で事前に用意された原稿を読むだけの「言い訳」と「やってます」というアピールをくりかえす日本政府には、怒りと同時に恥ずかしさを覚えました。
 福島原発事故のALPS(アルプス)処理水の海洋放出問題では、「汚染水ではない。処理水だ」との回答に会場からも失笑が漏れ、いま日本各地で水質汚染を引き起こしているPFAS(ピーファス)の影響についても、「確認されていない」と強弁する政府回答には、耳を疑いました。

 

差別に気づかぬ農村女性はまだ多い

 このCEDAWの日本報告審議に向けて、農民連女性部が取り組んだ「農村女性アンケート」には、全国47都道府県から、630通が集まりました。私が担当する茨城県西農民センターでは郵送と手渡しでアンケート用紙を会員に配布。事務所に来訪した方には、聴き取りで設問に答えていただきました。
 その中で特に問題に感じたのは、自らの受けている「差別」を「差別」として認識していない女性があまりにも多いということです。「家事、育児、介護等は女性がするもの」と認識している人が男女ともに多く、「対価を得ていないものは労働ではない」とばかりに、農作業の後も、農閑期も、365日休まず家族のために働き続けても「当たり前」とか、「仕方がない」と思い、あきらめている女性がほとんどです。
 女性差別をなくすには、まず自らが「当たり前」と思っていることに疑問を持ち、不平等に気付き、アクションを起こすことが重要です。でも、「現実を認めれば精神的につらくなる」という声も少なからずあり、身体的な問題以上に心理的な圧力による困難が大きいのだと感じました。

 

委員の心動かした全国の仲間に誇り

国連を背に婦団連チームでパチリ

 全国の会員、農民連女性部の協力と連携で、アンケートに寄せられたひとりひとりの声が今回CEDAWへ提出されたNGOリポートの基礎となりました。審議の中では農業分野に関する言及はあまりありませんでしたが、10月29日に発表されたCEDAW委員会の総括所見では、NGOリポートに盛り込まれた内容が網羅された、厳しい勧告がなされました。
 農村女性の心の声を集め、委員の心を動かした全国の仲間を、大変誇らしく思いました。まずは女性自らが「差別」に気付き、あきらめないことが大切です。携えた手を緩めず運動を継続し、この勧告を後ろ盾に、政府への訴えをさらに強めていきましょう。
 最後になりましたが、今回の貴重なロビー活動に参加できたこと、また活動をともにした諸先輩方や、派遣の支援募金の取り組みとともに快く送り出してくれた全国の仲間の皆さんに、心より感謝申し上げます。大変有意義な日々でした。

 


 

 国連の女性差別撤廃委員会が10月29日に発表した日本政府への勧告を含む「総括所見」と、ジェンダー平等の実現に向けた課題について、「婦団連チーム」の一員としてスイス・ジュネーブでのロビー活動にも参加した、弁護士の中野和子さんに解説してもらいました。

 

根深い家父長制的な固定観念が女性差別や暴力につながっている

所得税法56条の廃止求める勧告 日本政府は即刻実行を

総括所見の特徴と農村女性分野の記述を解説
寄稿 中野 和子さん(弁護士)

条約批准国・日本政府には守る義務

 日本国憲法第14条は女性差別を禁止しています。女性差別撤廃条約は日本政府が1985年に批准している条約ですので、日本国憲法第98条第2項に基づき、この条約を誠実に守る義務を日本政府は負っています。
 そして条約では、特に農村の女性が直面する問題(無償労働を含む)について、平等に取り扱われるためのすべての適切な措置をとることを定めています(第14条)。その適切な措置とは、CEDAWが勧告で示した内容に沿った措置ですから、日本政府は国際的な約束としても、日本国憲法上の義務としても、農家の女性の差別撤廃のために法制度を改正する義務があります。

 

厳しい記述で政府に改善迫る

 今回の第9次審査の総括所見で特徴的な記述は、日本に家父長制的な態度と根深いジェンダーの固定観念が根強く残っており、それが性差別的な行動や暴力につながっているという指摘です。また、これまでの女性差別撤廃委員会の一般的勧告や他の条約を根拠に、日本政府に改善を迫っているところです。

 

農村女性に平等な権利与える措置を

 総括所見のパラグラフ45では、農村の基本計画、「家族経営協定」を評価しつつ、農業委員会委員の女性割合が低く、所得税法56条が女性の経済的自立を妨げていること、国民健康保険制度では病気や出産休暇の給付金がないことを指摘しています。
 また、同46では、土地所有権、借り入れ、相続などで女性に平等な権利を与えるための家父長的な固定観念及びその延長である所得税法56条を取り除き、医療や社会福祉制度を充実させるための措置をとることを求めています。

 

所得税法56条は女性の自立妨げる

 所得税法56条は、明治時代の家父長制に合致する合算課税制度の名残です。1949年のシャウプ勧告により、合算課税制度が同一の所得水準にある納税者より高い税率で課税する不公平な制度であると、廃止が求められました。ただし、(1)親族にそれぞれ報酬を支払う慣行がない、(2)家族間の恣意(しい)的な所得分割を許さないとして、(3)客観的に合理的な単価の額を計算することが事実上困難という理由から、所得税法56条が個人課税主義の特例として導入されました。
 しかし、青色申告でも白色申告でも、記帳が義務付けられ、所得税法57条と56条の不合理性が増しているので、廃止すべきという意見も1998年頃にはすでに出ていましたし、最近の調査でも出ています。
 所得税法56条は即刻廃止すべきでしょう。

 

勧告が農村女性の健康守る後押しに

 さらに今回は、国民健康保険についての勧告も出ました。
 国民健康保険法では、法定給付と任意給付があります。法定給付の中には第58条1項の出産育児一時金もあります。
 任意給付は第58条2項で市町村が任意に決定して行うもので、傷病手当金の支給ができるとされていますし、その他の給付として、出産により業務に就くことができない場合に、生活保障として出産手当金を支給することが認められています。
 出産に関して出産手当金や傷病手当金を行っている市町村国保は、現在ありません。それは国保財政に余裕がないためでしょう。
 しかし、農村女性にも出産手当金や傷病手当金が必要なことは明らかですから、国が、子育て支援として第一に予算措置を行うべきではないでしょうか。今回の勧告はその後押しになるでしょう。