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福島県 浜通り農民連事務局長 三浦広志さん(65) 大学院で食農科学を学ぶ 大規模で、家族経営でアグロエコロジーで(2025年06月23日 第1655号)

これからの農業のモデルになりたい

 福島県の浜通り農民連事務局長の三浦広志さん(65)は今年の春、福島大学大学院を卒業し学位を取得しました。なぜこのタイミングで大学院に!?、そこで何を学び、今後にどう生かしたいと考えているのか―。三浦さんに話を聞きました。

「学位記」を持つ三浦さん

 三浦さんは2011年東日本大震災のとき、南相馬市小高(おだか)地区に暮らし、農業を営んでいました。自宅から約1キロメートル離れた海岸の堤防は津波で決壊。津波対策で高くしていた自宅以外、周辺はすべて流されました。県内の新地町に避難し、農地と住居を構え家族農園で営農を再開します。「地元の小高の復興のために何かやらないといけない」という思いから、13年に「合同会社 みさき未来」を設立。現在、息子さんと娘さん夫婦とともに、新地町と南相馬市の農地を耕作する2拠点生活をしています。
 そんな三浦さんが大学院に入学するきっかけは、21年に「道の駅なみえ」(浪江町)で開かれたワークショップでした。「家庭でできる堆肥づくり」の講師役で来所した福島大学の金子信博教授(現在は島根大学客員教授)と出会い、交流を重ねます。ある日、「やっとうちも大学院ができるから学生として学びませんか?」と金子先生からの唐突な誘い。「悪い冗談だろう」と気に留めていなかった三浦さんは考えます。「いま、今後の農業を考える時期にきている。小高でこれから始める農業の実践に生かせるかもしれない」

持続可能な農業 考えたいと入学

 南相馬市は現在、国の復興事業として農地の大規模な基盤整備事業を展開しています。小高地区も計110ヘクタールを整備中で、そのうちの65ヘクタールを「合同会社 みさき未来」と三浦さん自身が担い手として耕作する計画が進行中です。整備が完了した農地は徐々に増え、昨年は約7ヘクタール、今年は約22ヘクタールに。「自分たちの営農の未来像が定まってきた中で、持続可能な農業について本気で考えないといけない。人口が減り、農業者は激減し、資材も高騰。これからは地域循環型の農業を目指すべき、ということは分かっていても、どういう栽培技術で、どのくらい生産できるのかが分からない。それを学べるなら」と決意した三浦さん。23年に福島大学大学院の食農科学研究科修士課程の第1期生として入学します。

衝撃と確信得た不耕起栽培

 大学院では一般教養として「先端森林管理学」や「育土栽培学」などを受講。震災前からアイガモ農法などの有機栽培に取り組んできた三浦さんは、「当時はその仕組みをあまり理解していなかった。今回、農業者として生態学を学べたことが大きかった。“目に見えない生き物とどう付き合うのか”、アグロエコロジーの神髄を学ぶことができた」と話します。
 大学院で一番衝撃だった学びは「不耕起栽培について」と話す三浦さん。遺伝子組み換え作物は、もともと不耕起栽培のために開発されたもので、植えてしまえばその後の雑草や病害虫の駆除は薬の散布をすればいい、作物自身は薬の耐性遺伝子を持っているから、という理論だった。しかし、それを繰り返すと肝心の「土の豊かさ」が失われ、作物が育たないことが分かり、「土の豊かさを取り戻し、持続可能な農業の実践として、アグロエコロジーと不耕起栽培が結びついて、いま欧米で急速に広がっている、ということを学び、『これだ!』と感じた」と三浦さん。

修士論文はダイズ不耕起

修士論文の研究フィールドは小高の畑。左がライムギで右の紫色の花がヘアリーベッチ。この後両者を倒し、7月にここにダイズをまく

今年から耕す田んぼに徐々に水が入っている。右上の建物は市がつくったライスセンターで、三浦さんたちが管理している。その右側はソーラーシェアリングのブルーベリー畑

 修士論文の研究は、「ダイズの不耕起栽培」について。「狭畔(きょうけい)栽培という手法と、ダイズを植える前段階で育てたライムギとヘアリーベッチをそのまま畑に倒してからダイズをまく。この2つの栽培方法を組み合わせれば、草に負けない不耕起栽培ができそう。畑での研究でその目途がついた。ライムギのアレロパシー(植物が出す化学物質によって他の生物に影響を与える現象)でダイズの発芽不良が起きないように播(は)種のタイミングがカギ。おもしろいよね!?」と三浦さんは生き生きと語ります。
 耕作する農地は有機栽培で実施し、ゆくゆくは米も不耕起で作りたいと話す三浦さん。
 「生態系を豊かに保ち続ける農業をベースに、担い手不足に対応するために農地の規模も拡大する。それを家族経営でやっていけるように、必要な機械を導入する。これを、これからの農業の1つの形にしていかないといけない」

新規就農増やすための営農の形

 国と市の復興事業に手をあげて、必要な機械は市から貸与されている自分たちの営農は、「特殊な形」と言います。「でも、これをモデルケースとして成功させ、国・農水省に『あなたたちが望む、大規模面積を担ってくれる若い新規就農者を迎え入れるには、これだけの事前投資や支援が必要ですよ』と言える実績を『みさき未来』でつくりたい」と日本農業のこの先を見据えます。
 「南相馬市の基盤整備事業に手をあげた営農者の多くが70代の高齢者。皆さん、『これからの農業を担ってくれる人たちのために自分たちが農地と機械を整備しておく』という気持ちです。ぜひ、南相馬で農業を一緒にやりましょう!『みさき未来』も今後、若干名を募集します!」