「犯人捜し」で責任転嫁している時間はない 米・農業を守るのは 価格保障、所得補償、国家備蓄(2025年07月07日 第1657号)
東京大学特任教授・名誉教授 (寄稿)鈴木 宣弘さん
米騒動の背景

日本の農家の平均年齢は69歳。稲作では、70歳を超えている。後継者が少ない中、あと10年で日本の農業・農村の多くが崩壊しかねない。毎日のように全国を回っているが、農村現場では「10年じゃない。あと5年でここで米を作る人はいなくなる」との声が続出している。国際情勢はお金を出せばいつでも食料が輸入できる時代の終わりを告げている中、これでは、不測の事態に国民の命は守れない。私たちに残された時間は多くない。
米騒動の根本原因は「減反しすぎと稲作農家の疲弊」にある。だから、猛暑の影響や需要の増加などに対応できず、米不足を招いた。
小泉劇場の危険さ

3月30日に都内で行われた「令和の百姓一揆」
将来に向けて、米騒動を収束させるためには、農家が安心して米を増産できる政策の提示こそがスピード感を持ってやるべきである。しかし、政策の失敗を認めず、米は足りていると言い続け、農村現場の疲弊を放置したままだ。
国民は「小泉劇場」に惑わされていないか。小泉農水大臣が登場し、備蓄米による米の「価格破壊」がスピード感を演出しつつ、強引に、特定の大手業者を優遇する形で断行されている。さらには輸入米の早期投入も行い、市場を「じゃぶじゃぶ」にすると意気込んでいる。しかし、一時的に備蓄米で米価を引き下げても米不足の根本的解決にはならない。
5キログラムで2千円を下回るような米価に下げ続けようとする姿勢は、生産者にとっては大きな不安につながっている。備蓄米に輸入米も投入して低米価にして、かつ、増産し、輸出するといった発言に整合性があるだろうか。そんな低米価で誰が米をつくれるのか、ということになる。「スピード感」を出すべきは米価破壊でなく、包括的な稲作ビジョンの提示だ。
「犯人捜し」による責任転嫁
米不足を招いた根本原因は糊塗(こと)して、「犯人捜し」で議論がすり替えられている。米統計が不正確だったとか、流通業者や農協組織が米を隠して価格を吊り上げているといった統計の問題や流通・農協悪玉論が展開されている。
農村現場で、政府の発表ほどには2024年の収穫量は多くなかったとか、品質の悪い米の増加で精米にしたときの歩留まりが8割台に落ちたといった声を筆者も多く聞いている。ふるい目の1・7ミリと実際の取引での1・8~1・9ミリの差や、コンバイン刈り取りで5%程度のロスが出るというのは前から言われている。そうした要因を検証することは必要だろうが、作況調査そのものを否定するのは論理の飛躍でしかない。
流通悪玉論や農協悪玉論も本末転倒だ。流通や農協が悪いことをしたから米不足になったのではなく、米不足だから流通が混乱したのだ。
稲作の構造転換のために、2・5兆円の別枠予算を確保したと言うが、5年間なので、年間5千億円だ。かつ、中身は、水田区画の大規模化、施設整備、スマート農業、輸出産地の育成となっている。
その利益の多くは農家でなく関連企業に行く。苦悩している稲作現場をスピーディーに救えるとは到底思えない。なぜ、農家の所得を支える仕組みが出てこないのか。
大規模化・スマート農業・輸出では解決しない
猫も杓子(しゃくし)も口を開けば、「大規模化」「スマート農業」「輸出増大」でバラ色、という議論ばかりだ。今、全国各地で、小規模でもがんばっている人たちを非効率として排除して、日本の地域コミュニティーを破壊し、日米のオトモダチ企業にもうけさせる売国行為になりかねない。
米卸業界への攻撃も同じだ。そもそも米卸業界は営業利益率が極めて低く、1・4%が4・9%に改善したのが、対前年比500%になって暴利を得ているかのような指摘はミスリーディングである。5次問屋まである中間を飛ばせという議論もあるが、それぞれの役割があって街のお米屋さんも成り立つ。大手小売りだけに都合よく中小業者つぶしになる懸念もある。
主食用の輸入米も早期に投入することも発表されたが、すでに米不足への対応で9月からの新米も「青田買い」どころか、田植え前の「茶田買い」で高値契約が進んでおり、需給を急速に緩和する介入が続けば、米の流通業界もつぶされていくことが危惧される。
小泉氏が自民党の農林部会長として過去に取り組んだ「農協改革」がとん挫したのに対するリベンジだとも指摘されている。「農協改革」の本丸は、(1)農林中金の貯金の100兆円と全共連(全国共済農業協同組合連合会)の共済の55兆円の運用資金を外資に差し出し、(2)日本の農産物流通の要の全農(全国農業協同組合連合会)をグローバル穀物商社に差し出し、(3)独占禁止法の「違法」適用で農協の共販と共同購入を潰すことだ。売国に歯止めをかけねばならない。すでに、共販をやめて買い取りにしろと圧力をかけ始めた。
「輸入米も投入せざるをえない」というストーリー
備蓄米には限りがあるから一時的な効果しか見込めない。次は輸入しかないという流れで、トランプ政権の要求に応えていくストーリーになりかねない。いや、もうなってきている。この流れは、苦しむ日本の農家をさらに追い詰め、食料安全保障の崩壊を早める。
前回のトランプ政権でも、25%の自動車関税で脅され、他の国は毅然と突っぱねたが、日本は「何でもしますから、うちだけは許して」と、「盗人に追い銭」外交を展開した。トランプ関税に浮き足立って、一目散に出向いて、どれから譲ればいいですかと聞きに行き、絶対切ってはならない米のカードを最初から出すから許してと言い出すのは交渉になっていない。すべてを失うだけだ。米・農業を守るのは「国防」の一丁目一番地だ。
農家の所得を支える仕組みを
筆者は、超党派の「食料安全保障推進法」を制定し、「財源の壁」を打ち破る提案をしている。3本柱となる施策のイメージは、まず、(1)食料安全保障のベースになる農地10ヘクタールあたりの基礎支払いを行い、(2)コスト上昇や価格下落による所得減を直接支払いで補完し、農家を助けると同時に消費者には安く買えるようにする。さらに、(3)増産した米や乳製品の政府買い上げを行い、備蓄積み増しや国内外の援助などに回す、というものである。
今、かなりの大規模経営でも60キログラムで2万2千円は必要だとの声がある。それなら、努力目標として、2万円を基準米価として、それを標準的な販売価格が下回った場合はその差を補てんする仕組みを導入してはどうか。明確なメッセージを出して、対策を急がないと農村現場がもたない。